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大阪高等裁判所 平成4年(う)368号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡辺史郎作成の控訴趣意書及び同補充書(一)に記載(但し同弁護人において、審理不尽の違法をいう点は責任能力に関する事実誤認の主張の事情として述べたものである旨釈明した。)のとおりであり、これに対する答弁は、検察官野田義治作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、原判示第一事実に関する法律の解釈適用の誤り、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人がけん銃を発砲して、原判示第一のA所有にかかる鉄筋コンクリート三階建居宅の一階玄関ドアに弾丸三発を命中貫通(同ドアのアルミ合板部分・アルミ外枠部分及びガラス部分の三個所)させ、A所有の建造物を損壊した旨認定したが、建造物と器物との区別は、毀損しなければ取り外しができない程度に建造物と一体になっているか否かを判断基準とすべきであり、本件では外壁に固着しているアルミ枠(以下「玄関ドア外枠」又は単に「外枠」という。)自体は毀損しておらず、玄関ドア本体の損壊が生じただけであり、右玄関ドアは素人でもドライバーを使用して蝶番部及びドアチェック部分を玄関ドア外枠から簡単に取り外しできるから、玄関ドア本体は器物と認めるべきであり、従って、玄関ドア本体を損壊しても器物損壊罪が成立するにとどまり、建造物損壊罪は成立しないのに、これを建造物損壊罪に該当するとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり、ひいては法令適用の誤りがある、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原判示第一の事実に関し、原判決の事実認定及び法令の適用に所論主張のような誤りはなく、また、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の建造物損壊罪の成否の項において、所論と同旨の主張に対し、本件玄関ドアの形状ないし構造等につき認定説示しているところ及びこれに基づき説示する法律判断も、概ね正当なものとしてこれを維持することができる。以下、所論にかんがみ若干補足して説明する。

先ず、被告人の発砲による弾丸が命中した玄関出入口ドアの形状ないし構造、右発砲による損壊状況、補修状況等をみるに、関係証拠によると、

①本件玄関ドアは、原判示第一のA所有にかかる鉄筋コンクリート三階建て店舗兼居宅の一階表のコンクリート外壁に設置された出入口用のアルミ製外開きドア(縦一九八センチメートル、横八〇センチメートルで、上部に網状鋼線入りガラスが装着され、下部はアルミ合板となっている。)であって、同建物の外壁コンクリート内の鉄筋に溶接して固着された外枠の内側部分に二個の蝶番で接合され、これにより、外枠と玄関ドア本体とは、その構造上家屋の外壁と接続し一体的な外形を呈している。なお、玄関ドアの損壊状況は所論指摘のとおりであり、外枠自体に損傷は生じていない(原判決が認めているところでもある。)

②本件玄関ドアの補修を依頼された専門業者は、外枠は従来のものをそのまま使用し、損壊された玄関ドア本体のみを取り替えることとし、同種規格の商品が市販されていないため富山県下のメーカーに特注して本件に適合する玄関ドア本体を入手し、これを作業員二名により前記外枠に取り付けたが、取り付けに当たっては、鍵穴の設置・蝶番合わせなどにはミーリング等の専門器具の使用も必要とし、作業員二名により工事がなされた(メーカーへの製造依頼、搬送、取り付け工事に前後約二週間を要し、取り替え補修費用として九万七千円を要した。)

などが認定できる。

ところで、ある客体が、建造物損壊罪の対象となる建造物の一部であるかどうかは、器物損壊罪とは別に建造物損壊罪が設けられている趣旨を考慮し、第一次的に、その客体が構造上及び機能上、建造物と一体化し、器物としての独立性を失っていると認めるのが相当であるかどうかの観点から、これを決するのが相当である。

かかる観点から本件をみると、そもそも建造物にとって出入口及び出入口ドアの設置は不可欠であり、出入口ドア(玄関ドア)は外形上も構造上も建造物の外壁の一部をなし、機能上も、外壁の一部として外界との遮断、防犯・防風・防音などの役割を果たす存在であること、本件玄関ドアが、前記①のように、建物自体に固着された外枠の内側に蝶番等により接合固定されることにより、外枠及び玄関ドア本体は構造上及び機能上一体化するとともに、両者は建造物に強固に固着(適合する器具等なしに玄関ドア本体を取り外すには、鈍器を用いるなど強力な力で蝶番等を破壊しなければならない。)されてこれと一体化するに至っていると認められることなどに照らし、本件玄関ドアは構造上も機能上も建造物(その外壁)の一部をなすものと認めるのが相当である。

所論は、本件玄関ドアは、ドライバーさえ使用すれば素人にも毀損することなく容易にこれを取り外すことが出来るから建造物には当たらないと主張する。確かに、本件玄関ドア本体の取り外しは、所論のいうほどに簡単な作業ではないにしても、適合する器具を使用などすれば、その取り外し自体は一応可能であるといえる。しかし、玄関ドアは建具類の場合とは異なり、取り外し自在というには程遠く、老朽化や破損の場合以外は取り外しや取り替えを予定しない存在であり、かつ前記の建物と一体化している本件玄関ドアの構造などに徴すると、そもそも所論のいう毀損せずに取り外し可能かどうかとの観点は、本件玄関ドアの建造物性を左右する重要な基準とはなり得ないものというべきである(大審院昭和七年九月二一日判決刑集一一巻一三四二頁等参照)。所論は採用しない。

原判決に所論指摘の事実認定の誤りはなく、また、法令の解釈、適用の誤りもない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、責任能力に関する事実誤認の主張について

論旨は、被告人は、本件各犯行当時心神喪失又は心神耗弱の状態にあったのに、これを認めなかった原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、鑑定人佐藤正保作成の鑑定書及び同人の原審証言(以下右両者を併せて「佐藤鑑定」といい、原審証言を「佐藤証言」という。)など原審で取調べた関係証拠によると、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の責任能力の項において、被告人の成育歴ないし職歴、過去の主要な病歴ないし病的体験の他、本件犯行の動機は、過去に原判示のAから多額の恐喝被害に会うなどして同人に対し強い恐怖感を抱くなどしていた被告人が、本件前日たまたま出会った同人から又も理不尽な要求をされるに及び今後ともいかなる要求をされるやも知れないと危惧し、同人を脅そうなどと考え、本件当日の未明同人方にコンクリート塊を投げ込んだのに続き、同日夜本件犯行に及んだもので、その前後における行動等をも含めて特段の了解不能な点は少ないこと、本件犯行時における精神状態につき、覚せい剤の後遺症とみられる体感幻覚・被害妄想などが見られるが、その程度は軽度にとどまったと考えられること、精神分裂病など内因性の精神病を疑うべき点はなく、対人疎通性は良好であったこと、犯行時における飲酒酩酊の程度は正常酩酊(普通酩酊)の範囲内であったと認められること、犯行前後の記憶は大筋で清明であることなどを認定した上、本件犯行時における是非弁別の能力及びこれに従って行動する能力に欠ける点はなかったと説示するところは、概ね正当として是認することができ、当審における事実取調べの結果によっても、右判断は左右されない。所論にかんがみ、若干補足して説明する。

所論は、(1)原判決が依拠した佐藤鑑定は、被告人の幻聴、幻覚、被害妄想等は、被告人の父親が精神分裂病者であることや母方の親族にてんかん患者が二人いることなどの遺伝的素因により被告人が精神病者であることによるというべきであるのに、右は覚せい剤の後遺症によるものと認めた点で誤っており、また、被告人が長期間多量のハルシオンを常用していたことの本件犯行に対する影響を軽視しこれを正当に考慮していない旨、主張する。

しかしながら、被告人の母方の親族にてんかん患者が存在しても、本件鑑定に際し佐藤鑑定人が行った診断では、被告人にてんかんの症状が現出した事実は認められなかったのであるから、被告人の責任能力判断につきこの点を考慮に入れる必要はないものであり、そして佐藤鑑定は、被告人の父親が精神分裂病者であることをも資料にしたうえ、被告人の意思疎通性が良好であること等を理由に、被告人に存する幻覚等の異常な病的体験は覚せい剤使用の後遺症によるものと認められるとしたものであって、この点に関する同鑑定意見に誤りがあるとは認められないから、所論は失当である。

また、所論のハルシオンの点については、関係証拠によると、被告人は本件当日午前三、四時ころハルシオンを服用したが、佐藤鑑定は被告人がハルシオンを常用していた事実をも踏まえ、これによる被告人の飲酒酩酊状況への影響をも考察し、その影響はないと判断したものと考えられるから、所論は失当である。

所論は、(2)佐藤鑑定は、被告人には覚せい剤の後遺症があり、神経衰弱状態や神経症的傾向があり、本件各犯行が高度の酩酊状態(破錠酩酊或いは複雑酩酊と正常酩酊の境界)で行われたことなどを総合した上、その鑑定主文六項において、「被告人の犯行時における是非の弁別及びこれに従って行動する能力はかなり障害されていた」との意見を付しているところ、右意見の内容は心神喪失か心神耗弱状態にあった旨判断しているものと解すべきであるのに、原判決はこの鑑定意見を採らず、責任能力に欠けるところがないとしたのは誤っている、と主張する。

しかしながら、佐藤鑑定の内容を子細に検討するのに、同鑑定は、①被告人は犯行当時高度な酩酊状態にあり、それは正常酩酊との関連でいうと若干複雑酩酊に近い状態であったと認められるとしながらも、他方で、犯行の経緯には正常心理からみて了解不能な点がほとんど存しないことなどもあり、犯行時の酩酊状態は被告人の本来の性格傾向を基盤とした正常酩酊であったとして矛盾はないというものであること(佐藤証言参照)、②被告人の現在及び本件犯行時における精神状態について、被告人には覚せい剤の後遺症とみられる神経衰弱状態、神経症的傾向を認めるが、その程度は軽度であり、意思の疎通性も良好であって、内因性精神病を疑わせるものはない旨判断していること等を総合すると、所論指摘の「被告人の犯行時における是非の弁別及びこれに従って行動する能力はかなり障害されていた」との意見は、右能力の障害程度は相当程度にとどまるもので、著しい程度のものではなかった趣旨と理解されるのであって、いずれにしても、心神喪失は勿論心神耗弱の状態にあったとするものではないから、所論は採用しない。

なお、右所論(1)、(2)の点について当審鑑定人樫葉明作成の鑑定書及び同人の当審証言も同一意見であると理解される。

その他所論にかんがみ更に検討しても、責任能力に関する原判決の判断に所論の事実誤認のかどはなく、論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、被告人を懲役二年に処した原判決の量刑は、とくに実刑に処した点で重きに失するというのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討するに、本件は、かつて多額の現金を喝取される被害にあった不動産業者に対し、将来もいかなる要求をされ更に仕返しをも受けるかも知れないと危惧した被告人が、同人の自宅にけん銃を打ち込んで畏怖させようと考え、借り受けた自動装填式けん銃等を所持して同人方に赴き、同人方一階玄関ドアに向け実包三発を発射して命中させ、同ドアの三個所に右弾丸を貫通させた建造物損壊の事犯(原判示第一)、その際右けん銃一丁及びこれに装填した実包三発のほか、付近駐車中の自動車内にけん銃用実包九発を所持した銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反の事犯(原判示第二)であるが、各犯行の罪質、態様等、ことに右建造物損壊はけん銃を発砲して敢行したものであり、発射した三発の弾丸はいずれも玄関ドアを貫通して屋内の物品、造作類をも損傷させていることなどに徴すると、被告人の刑責は軽視し難いというべきである。建造物損壊の被害の程度は比較的軽微であったこと、被告人には交通事犯を含めて罰金前科二犯があるにとどまること、反省状況、長年会社員として真面目に勤務し近年は事業経営にも関与しており、社会人としての生活にも別段問題がなかったこと、本件犯行に至る経緯には若干同情の余地があること、犯行当時の精神状態は心神耗弱の状態には至らないが、予て被害者に対しては相当の恐怖心をも抱き、そのため不眠で睡眠薬を常用したりすることもあったもので、相当程度自制心が衰えた状態下で本件犯行に及んだものであること、その他所論指摘の被告人のため酌むべき事情を十分考慮しても、原判決の量刑は刑期の点を含め重きに失するとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用につき刑訴法一八一条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官重富純和 裁判官久米喜三郎 裁判官出田孝一)

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